アメリカが太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁で行った水爆実験による被災から72年になる3月1日、2026年3・1ビキニデ―が焼津市で開催されました。
午前9時より開催された久保山愛吉氏献花墓参行進は、日曜日で好天ということもあり、県内外 から1,200名が参加しました。会員生協からは、ユーコープ、浜北医療生協が参加しました。静岡県生協連では献花用の赤いバラの花300本を用意し、ユーコープの組合員活動委員の協力で販売しましたがあっという間に完売。弘徳院では宗平協が主催し墓前祭が行われ、久保山さんの墓前に多くの方が手を合わせました。
午後1時から、大井川文化会館ミュージコ(焼津市宗高)にて「被災72年・2026年3・1ビキニデ―集会」が開催され、1,700名が参加しました。
冒頭の主催者挨拶では、2月28日にアメリカ・イスラエルによるイランへの武力攻撃があり、武力ではなく対話での交渉を行うよう求めるとの挨拶がありました。
また第2部では、ビキニ事件当時中学2年生で原水爆禁止署名を集め、広島・長崎の被爆者が声を上げるきっかけをつくった杉村征郎さんの講演や、高校生による詩の朗読などがありました。
最後に、「被爆者・核被害者とともに『日本も核兵器禁止条約に参加を』の声を大きく広げよう」とのアピールを採択しました。
1954年3月1日、アメリカは太平洋マーシャル諸島にあるビキニ環礁で水爆実験を行いました。水爆の威力は広島原爆の1000倍とも言われ、マーシャル島民や近海で操業していた焼津のマグロ漁船第五福竜丸をはじめ多くの漁船に大量の放射能を浴びせました。この「ビキニ被災事件」をきっかけに、核兵器廃絶の世論と運動が沸き起こりました。


